なんとなく意識が戻った時、目を開けたいのに瞼が開かない
頭だけが少し目覚めた感覚でした。
そして口の中にチューブが入り、溜まっていた唾や痰が吸引され、
自分で息が出きるのに喉に太いチューブが入っていて息ができない!!
苦しくて死んでしまうんじゃないかた思いましたが、再び夢の中へ~♪
次の記憶は、夜でした。
たぶん夜8時くらい。
焦げ臭いにおいが手術をした左胸からして、
とにかく左の腕や脇、背中が痛いし動かすことができない。
頭で小さなパニックを起こしてましたが、体も動かないし瞼も開かないので、
どうすればよいのかわかりませんでした。
少しでも動かさないといけないと思い、
左手で永遠にグーチョキパーをしてました 笑
部屋には父、母、妹がいたかな?
母は大好きな警察24時を見てました。
家族が来てくれてるのに眠くて目も開けることができないし、
おしゃべりも上手にできませでした。
主治医も手術が終わってから来てくれましたが、
あんまり覚えてません。
その夜は注射の痛み止めを1回、座薬の痛み止めを2回してもらいました。
翌朝になっても、腕が痛くて…
朝から歩くことができて
昼からご飯も始まりましたが、
痛みが続いてて
頭がまだぼーっとしてました。
母には昼からお見舞いに来てと伝えてました。
朝はまだ本調子じゃないと思ったので、初回歩行をしたり、
自分でおトイレに行けるようになってからの姿を見てもらいたい。
なんとなくですが弱っている自分を見られたくなかったからです。
お昼ごはんの時にはわざわざ病室に来てくれて、
食事の手伝いをしてくれました。
入院した時に食事メニューを選んでたので、手術後初めて食べるから
おいしいものがよかったので、きつねうどんを頼んでました。
しかし来たのは…
きつねそば
完全に見間違い( ̄0 ̄;)
人生初のきつねそばでした。
私の手術はというと、
左の胸を全部とって、脇のリンパ節をいくつか取りました。
胸はホッチキスみたいなもので傷が止められてて、ガーゼが当たってます。
胸と脇にはドレーンが入っていて小さなバックに繋がれていました。
そのバックには血がたまってました。
とにかく痛みが強くて腕も挙がらなくて、
いったいどうしたんだろぅって思いました。
ドレーンが1本ずつ抜けたり、ホッチキスが外れても
痛みと腕の上がりにくさは変わりませんでした。
常に左の脇が引っ付いていて、腕は肘を曲げて胸に付いている状態。
食べたご飯を下膳するにもお盆が持てない。
パジャマを着替えるにも袖を通すことができない。
かぶりのパジャマに至っては最悪。
髪の毛を洗うにも右手だけ、左手は頭を触れることすらできず。
頑張って何回もリハビリをしてます。
痛くて痛くて涙がちょちょぎれるけど頑張ってしていました。
なんで私だけこんなに腕が動かないんだろう。
不安になりました。
このまま腕が動かないんじゃないかって。
結局退院する時までに腕が上がることはありませんでした。
主治医が
「左手でバイバイができるようにならんとな。」
と言ってくれたのに…。
片手では運転できないので家族に迎えに来てもらって入院生活を終えました。
退院してすぐは病理結果や術後治療のことより、
左腕が動かせるようになるかが心配でした。
退院してからは毎朝伸びない腕を使って
洗濯物を干したり、時間を見つけてはリハビリをしてました。
母のアイデアで、兄が自宅の天井に滑車を取り付けてくれて
ロープを吊るし、リハビリ装置を作ってくれました。
血と涙のリハビリ(少しオーバー)を続けて、
今では左腕も生活に支障を来す程の後遺症もなく過ごすことができています。
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